2021年6月18日

真っ黒でシワシワの烏梅は、作り方も歴史もヤバかった!

真っ黒でシワシワの烏梅は、作り方も歴史もヤバかった!

さぁ皆さん、
唐突ですが、こちらは何でしょうか!

とにかく黒くて、シワッシワです。

黒くてシワシワの烏梅の写真

ん?…花の種のような、…化石のような。
なんとも言えないビジュアルです。
さらに、手に乗せると軽く、振るとカラカラと小さな音がします。

1つじゃ分からないよって方に、別角度の写真もお見せしましょう。

黒くてシワシワの烏梅の写真2

どうです、見事にすべてが黒くて、シワッシワなのが分かりますよね。

これを見て「どんな味がするんだろう…」そう思ったあなた、
私と感性が近そうです。

続いてはこちら。
【烏梅】←こちらは何て読むか分かりますか。

からすうめ?
訓読みではそう読みます。

烏と梅のマリアージュです。

音読みにすると「うばい」。
ローマ字では「UBAI」。

そう。
実は黒くて、シワッシワの正体がこの「烏梅(うばい)」でした。

烏梅の読み方

梅酒時間の記事内容を検討してる中で出会った、ユニークな見た目の「烏梅」。

「烏梅」の歴史を調べてみると大変興味深く、さらに「烏梅」を作っている農家さんが日本でたった1軒だけいらっしゃることが分かったので、早速取材のアポを取りました。

美味しい梅酒を求めて「梅酒時間」に訪れた方も、不思議で貴重な「烏梅」ワールドに、是非触れていただければ幸いです。

烏梅(うばい)今昔物語

烏梅とはなんぞ

烏梅とは梅の実を加工したもので、漢方薬、酸梅湯の原料、あるいはベニバナ染めの媒染剤・発色剤として使われる。
生薬としての烏梅は主に中華人民共和国で作られて世界中に流通している。日本産の烏梅は、化学染料・薬剤を使わない日本の伝統的ベニバナ染めに使われる。

引用元:Wikipedia


ウィキでも書かれているように「烏梅」は大きく分けて2種の役割があります。

万葉の時代には、「烏梅」と書いて〝ウメ〟と読んでいたそう。
古代、漢方の妙薬として中国から伝わり、今も健胃整腸や下痢止め、咳を鎮め、喉の渇きを癒し、鎮痛にも用いられることも。

そして「烏梅」のもう1つの役割が紅花染めの媒染剤(ばんせんざい)です。
媒染剤とは、草木染めの色もちや発色を高める定着・発色剤のようなもので、昔は紅花染めの美しい色合いを出すために「烏梅」は欠かせないものでした。

まずは、役割の幅がヤバい。

黒くて、シワッシワ!烏梅の作り方

中西さんが育てた瑞々しい南高梅
中西さんが育てた瑞々しい南高梅

7月2日頃の半夏生(はんげしょう)の時期に、完熟した梅の実が木から自然にぽとりと落ちます。
その実を拾い集めて、地中の窯で燻し焼きをし、20日間天日で干し上げたのが「烏梅」です。

調べてみると半熟の梅の実を干して煙でいぶしたものも「烏梅」と呼ばれるそうですが、中西さんちの「烏梅」は完熟梅を使用しています

今回お話をうかがった中西 謙介さんは、700年変わらぬ伝統製法で烏梅づくりをされている貴重な最後の一軒です。
謙介さんのお父様、喜久さんは国の選定保存技術保持者にも認定されていて、謙介さん自身は「烏梅づくり農家」の10代目にあたります。

梅の育て方を説明してくださる中西さん
梅の育て方を説明してくださる中西さん

烏梅づくりの工程

「烏梅ができるまで」月ヶ瀬梅の資料館所有展示品画像
月ヶ瀬梅の資料館所有展示品

お父様の喜久さんが烏梅づくりをされている様子が、月ヶ瀬梅の資料館の展示パネルにおさめられていました。
取材時は烏梅づくりの時期ではなかったので、どういう工程を経て「烏梅」ができるかをお聞きしました。

①梅拾い
半夏生の頃、熟して自然に落ちた梅の実を朝早くから拾い集める。

②煤まぶし
かまどや鍋の底に着いた煤(すす)を集め、水を打った梅の実にまんべんなく塗りつける。
真っ黒になった梅の実を、割竹で編んだウメスダレに重ならないように丁寧に並べる。
※煤をわざわざ塗る理由は後で分かります。

烏梅づくりにかかせない様々な道具を倉庫に大切に保管している様子
烏梅づくりの道具たち
煤まぶしに使用する竹籠とウメスダレ

③窯炊き
地面に掘られた深さ約1mほどの穴の底に薪を焚き付け、ある程度燃えたところに籾殻(もみがら)を火が見えなくなるまで振りかける。
その上に、梅を並べたウメスダレを2枚重ね、丸太を1本縦に渡した上にムシロを被せて水を撒く。
再び水を撒き、温度や焚き具合を調整しながら24時間かけて燻蒸(くんじょう)していく。

蓋がされた3箇所の窯の画像
3箇所の窯で窯炊きをおこなう
※取材時期は使用していなかったので蓋がされていた

④乾燥(日乾し)
ウメスダレを干し場に並べ20日ほど天日で乾燥させる。
煤をまぶして黒くすることで、より日光を吸収しやすくなり乾燥率が高まる。
煤をまぶす理由はこれでした。
乾いて種と実が分離した梅からは、カラカラと良い音が鳴る。これが烏梅完成の合図。

梅の木からぽとりと落ちた実が、真っ黒でシワッシワになるまで約1ヶ月を要する「烏梅づくり」は、時間だけでなく結構な手間もかかります。

わざわざ煤をまぶしたり、お天気を気にしながら20日も天日干しをするなんて、相当大変ですよね。
そこまでして「烏梅」を作られる中西さんの情熱もなかなかです。

中西さん曰く、昔ながらの伝統製法を守りつつ、美しい色を染める染色家の思いを大切にしたい、とのこと。
「天神さんをお祀りするつもりで、売れても売れなくても梅を焼け」という家訓を守り、最後の一軒になろうとも毎年初夏に「烏梅」を焼き続けているそうです。

いや〜ますますヤバい。

次に、お腹や喉の調子を整えてくれたり、紅花染めの陰の立役者「烏梅」がどうやって日本に伝わってきたかをご紹介します。

奈良 月ヶ瀬に広がった烏梅づくり

時代は元弘の乱(げんこうのらん)。

後醍醐天皇が幕府に追われ京の都から奈良に逃げるなか、一緒に逃げていた女官のひとり園生姫(そのうひめ)がはぐれてしまいます。
弱っていた園生姫を村人が発見、介抱したことがきっかけとなり、園生姫は奈良 月ヶ瀬地域で暮らすようになります。
そんなある日、たわわに実る梅の実をみつけた園生姫が、実を持ち帰り、お世話になった村人たちに「烏梅づくり」を伝授。(ここの違和感は無視してください。)

真っ黒い梅を手に取り、こちらは高級品ですよと園生姫に伝えられたとき、村人はどんな気持ちだったんでしょうね。

「ヤバい、マジか…」そう思ったかもしれません。

半信半疑かどうかはさだかではありますが、村人が園生姫に教えられたとおり、京の都に「烏梅」を持ち込むと、それはそれは大変高値で売れたそうです。

月ヶ瀬に「烏梅」ブーム到来!!
この話がたちまち広がり、山間の渓谷で貧しかった月ヶ瀬地域はたくさんの梅の木を植えて栄えていきました。

月ヶ瀬梅林」は、奈良公園・兼六園とともに日本最初に指定された国の名勝で、現在でも1万本以上の梅の木が育つ関西屈指の梅の名所です。
この梅林が生まれるきっかけとなったのが、園生姫の存在だったんですね。

あの日、園生姫がはぐれなければ、「烏梅」も今の月ヶ瀬の景色もなかったかもしれません。

月ヶ瀬には園生姫へのリスペクトを込めて祀った石碑もありました。

園生姫を祀った石碑
園生姫を祀る石碑

多くの著名人を魅了してきた月ヶ瀬梅林

江戸時代、「烏梅づくり」最盛期の月ヶ瀬地域では約10万本も梅の木が植えられていたそうです。
1万本でも相当な数なのにその10倍ですからね。
それはそれは圧倒される眺めだったことでしょう。

当時は多くの著名人が月ヶ瀬梅林・月ヶ瀬渓谷に訪れていたようで
月ヶ瀬梅の資料館に展示されている作品からも栄えていた様子が伝わってきます。

月ヶ瀬梅の資料館展示作品1
墨絵には相当な船が川を渡っている様子が描かれています。
月ヶ瀬梅の資料館展示作品2

約400世帯の烏梅づくり農家も、明治中期には10分の1にまで減り、戦後はたったの3軒、現在は中西さん1軒のみになってしまった背景には、ヨーロッパから入ってきた化学染料の普及と紅花づくりの衰退がありました。

烏梅が支えてきた伝統の色

紅花は、黄色と赤の2つの色素をもっていて、紅花染に必要な赤の色素の含有量はわずか1%
紅という漢字が入っているにもかかわらずたった1%って…。

「烏梅」をはじめて目にしたときと同じくらい衝撃的でした。
この割合からも紅花染めの生地がいかに貴重だったかがうかがえます。

中西さん宅にも紅花染めの製品があったので、写真でご紹介させてもらいます。

紅花染め製品

写真右上:紅餅(べにもち)
摘んだ紅花の花弁を発酵させ、杵で突いて餅状に丸めて干したもの。
手間はかかりますが、紅餅を使うことで生地の赤みが増し、紅花自体の保存にも適しています。

写真左上:絹の紅花染め
奥:薄紅(うすくれない)色、手前:韓紅(からくれない)色
生地の色、風合いを保つためには手洗いで陰干しが必須です。

写真中央下:東大寺のお水取りの際に二月堂に飾られる椿の造花
染めを5〜6回繰り返すことで、和紙に濃い紅色が出せるそうです。

紅花染めで美しい紅色を得るためのレシピ

①紅餅を水の中で揉みほぐし中性に溶ける性質をもつ黄色の色素を取り出します。
②次に灰汁を入れて保温してアルカリ性に溶ける赤い色素を絞り出します。
③アルカリ性のままでは布への色素定着ができないので、ここで烏梅を投入し酸性に傾けることで生地に赤い色素を定着させます。

中西さん曰く、手間がかかる「烏梅」を使っての昔ながらの紅花染めを仕事として続けている職人さんは、全国でも数名程度だろうということでした。
この製法で染められた生地は、京都の高級着物店や皇室の着物に使われているそうです。

どこを切り取っても「烏梅」、ヤバい。

丁寧に、時間をかけて烏梅を味わう

味も見た目も違いますが、梅酒も梅干しも烏梅もすべて梅の加工品です。

中西さんの営む「梅古庵」では、烏梅を「烏梅茶」として販売されています。
お茶といっても見た目は黒くて、シワッシワのままです。
1,400年前に日本に伝わった烏梅がどんな味がするのか、気になったので1袋購入して飲んでみました。

お茶の袋には烏梅茶の煎れ方が書かれています。


烏梅:1個
水:300c
沸騰してから5分煎じます。
お好みで煮出し時間を調整ください。
1粒で2〜3煎可能です。


袋を開けるとふんわり漂う梅の香り。

裏面の説明に書かれている通り300ccのお湯を沸騰させて、烏梅1個が入った急須に注ぎます。
待つこと5分。

急須の底で漂う黒い塊が烏梅
急須の底で漂う黒い塊が烏梅

急須をあけると梅の香りよりも先に「煤の香り」を強く感じました。
流石、「烏梅」。
煤にしっかりコーティングされているのがよく分かります。

①蒸らし5分後
烏梅はかすかに梅の香りと味はするのですが、どちらかというと「煤」のインパクトが強いので上級者向けの印象。

蒸らし30分後
先程よりも梅が前に出てきました。

蒸らし3時間後
結構梅の酸味が出てきました。さらにお茶の色も濃く変化しました。
冷蔵庫で冷やした烏梅茶も夏に良さそう。
私はこの時間の烏梅茶が一番好みでした。

④蒸らし2日後
どこまで香りと味が変化するか知りたかったので烏梅をそのまま2日間漬け込んだものを試飲。
めちゃめちゃ酸っぱい!でも煤の風味は健在。

2日間も放置したのか「ヤバい…」そう思ったあなた、
正解です。

時間の経過でどんどん味わいが変わる「烏梅」。
ユニークなのは見た目だけじゃなかったです。

中西さんは、様々なイベントやオンラインショップ販売にも力を入れています。

中西さんが作る梅加工品

中西さんが営むオンラインショップ
烏梅だけでなく、珍しい梅で作った無添加の梅干しや梅ジャム、自家製野菜のお漬物も購入できます。

月ヶ瀬梅の資料館

大和茶の魅力を語ってくれる東 館長
大和茶の魅力を語ってくれる東 館長

取材の帰りに立ち寄らせていただいた「月ヶ瀬梅の資料館」館長 東さんからも、月ヶ瀬地域の歴史や、これから考える観光についてなど、たくさんお話をうかがえました。

現在の月ヶ瀬地域は、梅に代わって奈良の特産品でも有る大和茶(やまとちゃ)を生産する農家さんが多いそうです。

まとめ

この先も私たちを楽しませてくれる月ヶ瀬梅林・月ヶ瀬梅渓が名勝とまでなった背景には「烏梅づくり」があったこと。そして「烏梅づくり」の繁栄と衰退には「紅花染め」が関係していたこと。

今回、真っ黒シワシワのビジュアルの「烏梅」からたくさんのことを学びました。

2月中旬から3月の間は、月ヶ瀬の湖岸から山腹にかけて赤や白の梅の木が咲き誇り、あたり一面、甘酸っぱい梅の香りが漂うそうですよ。

皆さんも是非、梅の里月ヶ瀬に足を運んでみてください。

月ヶ瀬地域の朝

この記事を書いた人:小松
飲食に異常な興味を示すことを買われ、梅酒時間の編集に携わることになったディレクター兼デザイナー。高知出身で梅酒に限らずお酒全般が好き(決して、強くない)。週末に半日かけて料理をすることが楽しみ。